自分仕様でやる

この頃、時間の使い方やスケジュールの立て方について考えることが多くて、
考えたり向き合ったりするぶん、気づくことと腑に落ちることが多くあります。
(だからライブ配信やアメブロやリアル友達とはそんな話ばかりしてる。しつこいの。笑)

 

唐突だけれども、
わたしには憧れる人たちがまわりにたくさんいます。

「あぁいいな」
「こういう風に仕事したいな」
「こんな風に生きたいな」
「かっこいいなぁ」

と思わせてくれる人が、身近に見えるところに、なんならすぐ連絡をとったり会ったりできる、そんな範囲にいるの。なかなか会えない憧れの芸能人、とかじゃないですよ。すぐに会える、の距離に、そういう人がいてくれる。

 

ものすごくありがたい恵まれた環境なのだけれど、
その距離が近いぶん、「あぁいいな」「こうなりたいな」の影響をダイレクトに受ける。

 

そして、わたしが「いいな」「かっこいいな」と思うこういう人たちって、なぜか、
男性が多いのです。
だから、「わたしのまわりにはイケメンが多いんですよ」ってよく言っている。そんな、まじでかっこいい人がいるのです(困っちゃうなー笑)。

 

ものすごく身軽に世界を飛び回っていたり、
好きなことや得意なことを極めてそれを立派な仕事にしていたり、
その業界の第一線を張っていたり、フロントに立っていたりする。

 

まじでかっこいい。
とても憧れる。いいなぁと思う。

 

そんな彼らのなかでも、ものすごく身近なある一人がいます。
その人に憧れているうえにシンパシーも感じていたから、
「あの人のようになりたい!」ってずっと思っていて、背中を追うような感じでやってきた。ちなみに、その当人に「tomokoさんの背中を追っている」と言われたこともあります。
要はお互いに刺激しあっているわけです。

 

そんななか、この前の冬の頃、
自分の体調や体力について考えざるを得ない時期がきました。

で、この期間に色々考えていたら、
わたしのこの身体スペックで、背中を追っていた憧れのあの人とは同じ行動量はできないなぁ…と認めざるを得なくなりました。
同じ行動量、は絶対にできない。あんな多忙なスケジュールでは動けないもの。

これまでは「憧れ」が強すぎたから、同じようにやりたくて、同じようにできるようになりたくて、
背中を追ってきたのだけれど。
まじで無理なんですよね。しかし無理ということは認めたくなくて、一生懸命追いつこうとしていたの。

 

でもね、現実的に無理なんです。
(…って書いているけれど、自己否定したり卑下しているわけではありません。「現実をようやく見た」という話です)
だってまず、性別から違うんだもん。男性と女性では、体力やそれに付随してできることや役割が違うもの。

その「性別」という、最も根本の第一段階をすっ飛ばして、
「同じようになりたい」と憧れてきたんだよね。まぁそりゃ無理な話です。笑

 

ようやくその現実を見られるようになったら、
その憧れの人の、
「どんなところに憧れているのか」「自分はどうなりたいのか」を細かく分析するようになりました。

それまでは、
「あの人みたいになりたい。いいな」が全面に出ていたから、なんというか、
「まるっとその人みたいに」なろうとしてたんだよね。細かく分析、なんてことはしていなかった。
しかも幸いなことに、というか、困ったことに、というか、
そもそもの好みや趣味がわりと似ているもんだから、
放っておいても勝手に「あの人みたいになれちゃってた」の。なれる、というか、そもそも、「すでに最初から似ていた」んですよね。ファッションとか趣味とかが。
すでに似ている(ここは「すでに」だから努力の必要がなかった)ところへ、行動を見習ったら、
「憧れ」と思っている存在に簡単に近づける気がしていたのだと思います。
「簡単に近づける希望」が強い手応えを持ってあったから、
そりゃ見習っちゃうでしょ。だって「やったらできそう」なんだもん。その手応えがあったらやっちゃうよ。笑

しかし、それほど距離が近くて手応えもあるのに、
どうしても同じようにはできなかった…。それを認めたとき、ちょっと悲しかったです。

 

ひとは誰も、
「誰かとおなじ人間」にはなれません。

だけど、憧れが強いと、そしてその憧れとの距離が近くて手が届きそうな感覚が起きると、
ついつい「おなじようになれる」気がしてしまう。
しかしやっぱり残念ながら、なれない。

 

 

じゃあ何ができるのかというと、
憧れの人に対して感じている「憧れのパーツ」が何なのかを細かく細かく分析して、
そのパーツを自分の中に取り込んでゆくことです。これならできる。

その人の「どんなところにいいなと思っているのか」を細かいパーツにする。そして自分は自分のままでいて、
その細かなパーツを自分にプラス!してゆくの。
自分を「憧れの人のように」寄せていくのではなくて、
自分に「憧れの人のパーツ」をプラスするんだよ。

 

 

そう気づいてからは、冷静にパーツ分析をして、
憧れのあの人の「どこを自分に取り込みたいのか」を観察してた。

そうしたら、
「ひとを大切にする姿勢」や、
「熱量」や、
「アンテナの感度」や、
「狙ったものを確実に打つ行動力」や、
「チーム戦がうまいこと」
というパーツが見つかった。

このパーツが見つかったから、これを自分に取り込めば良いだけです。

「ひとを大切にする姿勢」を取り込むために、わたしはわたしのやり方でひとを大切にすればいい。
ここがポイントで、憧れたその人にまるっとなろうとしてしまうと、
「毎日様々なひとと食事に行ったり飲みに行ったり、連絡もマメにとって、たくさんの人と楽しくお話しする」という、その人がしている行動をそのまま真似てしまうのです。
この人のこういう行動は本当に尊敬するし、「人間のことが好きなんだなぁ。すごいわ。まじで」といつもいつも思っているけれど、
わたしは毎日外で食事をすることはできないし(家出落ち着いて食事をしたいタイプ)、遅くまで外で飲んで翌日バリバリ仕事をするほどの体力はない。

だから「おなじ行動」はできません。

なのにずっと、「強い憧れ」ゆえに「おなじ行動」をしようとしていたんだよね。
そこが間違っていた。

 

これに気がついて、
わたしはわたしのやり方で、自分のペースで、憧れの人のパーツを取り込んでいったら、
なんだかわからないけれど、「いいなぁ」と思っていた事が出来るようになってきました。

ひとを大切にする。
チーム戦をうまくまわす。

憧れていたそれが、最近だんだんわたしのものとして形になってきたよ。

 

時間の使い方も、
ペース配分も、
やり方も、
憧れのひとや大多数と「同じように」はしなくていい。しちゃダメ。
すべて「自分仕様で」やるんだね。

その「自分仕様」を作るときに、「どんな仕様がいいかな」を考えるときに、
憧れの人のパーツを、細かく細かく自分の中に取り込むの。「まるっと同じに」するんじゃないよ。
パーツを取り込んで、「自分仕様」に仕上げるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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