孝行について思う

この連休もおもしろいことがありすぎて、PCの前に座っていられません。
その時間があるなら、うっかり、おもしろそうなことがあるほうに出かけてしまいます。

家族の記念日もあって、のどかに思いを馳せることもありました。

というわけで、しばらく前にFBに書いた「孝行について思うこと」を再掲します。
(普段はコピペ、みたいな雑なことはあまり好きじゃないけれど、連休だからいいってことにしてね)

 

*****

孝行って、
まずは、わたしが幸せであること、
そして、色々な体験を一緒にすること、なんじゃないかな。立派な仕事につくとか、大きな額を稼ぐとか、
結婚するとか、孫をみせる、ってことはオプション。
その前の基本としてそもそも、
毎日自分が幸せに過ごしてるかってことが大事なんだと思う。
こどもの幸せを望まない親はいないもの。
その次の段階に、上記オプションがあったらいいかもね。あったらより良いね、っていう程度だけど。(オプションだから、無くてもいい。)
なのに、前段階をすっとばしてオプションをつけるほうに一生懸命になるから、
お互いどこか寂しかったり、何をしたら良いのかわからなかったり、
自分は何も出来ていないんだ、っていう気分になるのだと思うよ。

こういう人間(特に親子)関係の話になると、
前世の関係が…とか、胎内記憶が…って話もある(し、わたしはそういうネタも大好き)けど、
それらの真偽はどうであっても、
いま現世に肉体をもって存在していることは間違いないわけだから、
肉体があるうちしかできないことを一緒にやったらいいね
肉体があるうちにできることってなにも特別なことではなくて、
食事をするとか、今日の話をするとか、けんかするとか。そういうふつうのこと。
(立派なディナーとか、海外旅行っていうのも一緒にできる体験ではあるけれど、それらはまたオプション。)

なにかすごく大きなことをしてもしなくても、
わたしは今日も幸せに過ごせているかを自分で確認しながら、
一緒におもしろい時間がたくさん過ごせたらそれでいいな
それがわたしに出来るじゅうぶんな孝行なんだなぁと、
超昭和な喫茶店でお茶をしながら考えました。

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