記事を書く意味を再確認

このところ自分の中で一番熱のある話題が、例の時間という概念はもう無くなったから!という話なのだけれど、
あまり信じてもらえないのも事実(そりゃそうだ。笑)なのと、
「そうなのかもしれないけど、自分が体験してないからわからない」という意見をいただきます。

これはとても納得で、
最初はわたし自身も半信半疑だったし、この話を聞いてくれる身近な友人たちも正直あんまり信じてくれてはいなかった(なのにいつもちゃんと耳を傾けてくれるからみんなやさしい!)のだけれど、
一緒に体験してしまったら(さっき22:30の時間みたよね?いままた22時なんだけど、みたいなことが一緒にいるときに起きちゃう)信じられるようになっちゃうんだよね。

 

というわけで、「体験する」ということはとても大事。
それは、目に見える世界のことだけではなく、目に見える世界においても。
自分が身をもって体験したこと以外に、アテになることも信じられることもないもの。

そして自分が体験したことを信じる、ということはイコール、自分のことを信じられるということ。なので、たくさんの体験を積み重ねてそのときの経験や体感をしっかりと味わってゆくことは、自分への信頼につながります。

 

その体験の前に、知識を知っておく、ということも有効です。
例えば今回の時間の件も。
時間は無限であるとか、過去と未来は並列であるとか、そういった話って哲学やスピリチュアルな世界でずっと言われていたことだから、わたしもどこかで耳にしたことがあったんだよね。どこかで聞いて「知って」いた。けれども、体験はしたことがなかったから、腑に落ちていなかったの。
それが、体験したから納得できるようになっちゃった。

 

知識として知っておく。話を聞いておく。

体験する。

 

この順番で両方のステップが必要なのだと思います。

 

 

だからわたしは記事を書いたり、お教室でお話をします。
「そんなこともあるんだね」という情報や知識が、誰かの体験につながるかもしれないから。

 

 

またひとつ体験して腑に落ちたことがあるので、
それは次記事に書きます。

 

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