心配しつつ心配しないで待ってみる

実はこのところ、ヨガのアーサナの練習が出来ていませんでした。
このところ、なんて書いているけれどその期間は思いの外長くて、もう2ヶ月くらいかな?
わたしはとりあえず、毎朝ヨガマットを敷きます。そしてその日その時にやりたいだけやりたい練習をするの。だから、長めの時間しっかりとした練習をする日もあるし、簡単に首回りや肩周りを動かして終わってしまう日もある。

ずっとそうやってきたのだけれど、ここ2ヶ月ほどは「長めにしっかりとした練習をしたい日」が来なくなってしまったのです…。

“ヨガの先生” をしているのにアーサナの練習をしたいと思えなくなってしまった…。
(身体をまったく動かなさいのは気持ちが悪いから、簡単なストレッチのようなことはするけれど「しっかりアーサナの練習」をやりたい!という感覚が生まれないの)

 

最初の1週間くらいは「その気にならない」日が続いても、
「まぁそんなものかな?」
「気分が変わるときはくるよね」
とのんびりしていられたけれど、さすがに1ヶ月2ヶ月…とそのような状態が続くと心配になってきます。

 

「もうヨガ(アーサナ)に興味を持てなくなってしまったのかな?」
「アーサナの段階は卒業なのかしら?」
「だとしたら、ヨガのクラスを指導することはもう出来なくなってしまかな?」
とか。そういう不安や心配が続く。

 

そのような心配が生まれる一方で、だからといって、心配や不安を起点とした行動も絶対にしたくないから、自分の「アーサナをやる気が起きない」という感覚はもう放っておくしかありません。

心配をかき消すために練習をする、のではなく。
このまま出来なくなってしまうかもしれないのを防ぐために練習をしてみる、のではなく。

 

心配も不安もあるけれど、それはそのまま。
アーサナの練習をする気が起きないけれど、それもそのまま。

 

いつも言っている、「完璧な世界」の中では完璧なことしか起きていないのだから、
いま起きている出来事も感情も「完璧なこと」。
だからそんな「完璧なこと」を無理に変えようとしたり、思い通りにしようとしたりしなくていいの。

完璧なことが起きているだけだから、「今は」それが自分の思った通りの展開でなかったとしても、
予想外(思い通りではない)の過程を経て、結果的に、望み通りの(思った通りの)完璧な現実がくるんだよ。そういう仕組み。

 

だから、「アーサナの練習をする気が起きない」も2ヶ月ほどそのままにしていました。
練習する気が起きない、から、練習していなかった。こんなの、ヨガを始めて以来、初めてのこと。
もう出来ないかもしれない…興味がなくなってしまったのかもしれない…そんなことではクラスももう出来ないかもしれない…という不安や心配を感じつつも、
やりたくない気持ちもそのままに。

 

そうしたら今朝。なぜか早朝に目が覚めて、急に「アーサナの練習がしたい。やろう」という気分が湧いてきました。
なんで急にその気になったのか?なんてわからない。
けれども、急にその気になった。「練習したい。しようっと」という感覚が帰ってきた。

そして、久しぶりに長めの時間の練習をして、
気持ちも身体も超スッキリして「やっぱりヨガいいね!」なんて思っています。

昨日までは、あんなに練習する気が起きなかったのに…!
今日になったら、こんなもんです。急に変わる、急にそうなる。

 

 

だからね、今、自分の思い通りや予定通りに動いていないことがあってもいいんですよ。
思い通り予定通りにすすまなくて不安や心配があってもいいの。
「どうなるのかな」「これでいいのかな」という心配や不安もそのままにしたまま、
「まぁ完璧なところに着地するのでしょうね」と心配しないで、
焦らずに待っていたらいいよ。

 

そしたら、いつか?はわからないけれど、
動くべきタイミングで、急に動きだす時がくるよ。

 

 

 

 

 

 

❤︎記事を読んでミラクル!ハッピー!が起きたら…→豊かさの循環実験

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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