体調不良のときに –前編–

先週後半にお会いしたみなさんはご存知のとおり、
思いっきり体調を崩していました。

クラスのリードをしながら鼻水がとまらないわたしに、
「風邪ですか?」
と聞いてくださった方がいらしたけれど、
たしかに風邪のような(鼻水、発熱、頭痛、初期は喉痛)症状はあったけれど、自分のなかに「風邪、だけど、そうじゃない」という感覚があった。だから、素直に「風邪なんです」とは言えなくて、
(だって自分の感覚が「なんかチガウ」と言っているのに、それを「風邪です」なんて言えない)
「なんか鼻水がとまらなくて」という、“症状の説明”をしていました。

 

そう、こんな些細なことでも、
自分が感じていることと発言を一致させるんだよ。

この場面では「そうなんです、風邪っぽくて」という方が簡単だったと思うけれど、
自分の感覚が「風邪、だけど、そうじゃない」と感じていたのだから、「風邪です」なんて言わないの。
細かいポイントでも、自分が感じることと言うことは一致させる。ウソをつかない。
(それが、ヨガの教えのひとつ:satya(正直であること)の実践です。)

 

でね、わたしは、
「体調不良が生じるときは、どこかに不調和があった。ある」
と考えています。考えている、というか、絶対にそう。もう断言しちゃう。
これはこれまでの自分の体験から確信しているロジック。

こう見えて、小さい頃からあまり身体が強くないし(よく体調を崩してた。体育の授業とかよく“見学”していたからね)、ついでにがんもやってるし。病気によくかかるなかで、わかったこと。

 

身体、あるいは、心が感じていることや状態と、
現実の行動や状況が調和しないと、
病気と診断される症状が出る。

ただそれだけなんだよね。

 

例えば、もっと眠りたい、休みたい、身体が疲れている…と感じるのに、
無理して仕事したり、夜更かししたりすると、
風邪をひくでしょう?こんなことは誰しもが経験したことがあるだろうし、
「最近寝不足だったから風邪ひいちゃったー」「過労気味だったからー」って簡単に言うけれど、
そこをもっと注目したらいいと思うんだよね。

寝不足だったから、風邪をひいた。
これはたしかに、そう。それがわたしの言う、「身体の感じていることと、現実の行動の不調和」。
身体は眠りたい、休みたい、と感じていたのに、休まず仕事していたから、風邪の症状が出た。

で、こうなってから「ゆっくり眠ろう(風邪だから)」ってするんだけど、
症状が出ているとき “だけ” ゆっくり眠っても、そのとき出ている症状は回復するかもしれないけれど、
元気になって、また同じこと(眠りたい、と感じているのに、遊びに行ったり夜更かししたりしちゃう)を繰り返していると、また風邪をひく。

 

具合の悪い「そのとき」だけ、たくさん眠っても、
「そのときの症状を軽減する」対処療法でしかないんだよ。

 

もちろん、対処療法も必要ですよ。具合が悪いままだと辛いから、
まずは対処療法をとって回復するのがいい。

で、そのあとに、
「自分の身体や心はどのような生活やリズムや時間の使い方を望んでいるのか。なにが好みでなにが嫌なのか」
という、根本治療もする必要があるよ。根本治療をしないとまた同じ「具合が悪い」を繰り返すよ。という話です。

 

そしてね、この「自分の身体や心はどのような生活を望んでいるのか」ということは、
体調を崩している時にこそ、気がつきやすいものなのです。
体調を崩しているときって余裕がないから、自分が好みのものや自分にとって快適なことは受け入れられるけれど、そうでないものは受け入れられなくなるの。
だから、そういうときに受け入れられるものは「あぁこれが好きなんだ。これが心地いいんだ」と自分で自分を判断、確信する証拠になるんだよ。逆もそう、そういうときに受け入れられないものは「本当に好きじゃない。やりたくない」こと。そういう証拠。

 

自分で自分のエビデンスがとれる。

 

だから、病気のとき(具合が悪いとき)こそ、「こうしなければならない」という常識や社会の固定概念から離れたほうが良いと思っています。

風邪だから眠っていなければならない…
たくさん食べて体力をつけたほうがいい…
いやいや、消化に負担がかかるから断食をしたほうが治りが早い…
おかゆを食べろ….
フルーツがいいよ…
ポカリスウェットを飲むべき…
家でおとなしくしていなさい…

そういう、「病人はこうしたほうがいい」という固定概念や定説を全部捨てて、
「いまのわたしはなにがしたい?何が食べたい?何なら食べられる?あるいは食べたくない?」
を自分の心身と相談して、選んだらいい。

そんな体調を崩しているときは余裕がないからさ、
「本当に自分が選びたいやつ」しか選べないもん。だから、「好み/好みじゃない」や本当に望んでいる物や事、が浮かび上がりやすい。自分を知るチャンスなんです。

 

がん当時、抗がん剤治療を受けていたときに、
退院してすぐで、さすがにわたしでも食欲も体力もないときがありました。
そんな「まじでもう無理。おかゆ(消化に良いから病人でも食べやすいと思われているであろう食品ナンバー1でしょう?笑)とか興味ない」というときでも、
サーンバル(南インドのスープ)とトートマンクン(タイのえびすり身揚げ)だけは食べたくて、美味しく食べられたんですよ。

スパイスをたくさん使った刺激物(サーンバル)は抗がん剤治療を受けている人は避けるべき食品(口内などの粘膜への刺激が強すぎるから)とされていた気がするけど、
そんなの関係ない。わたしが食べたいと思って食べられたから、食べる。
揚げ物だって、消化に悪いから病人にはおすすめできない食べ物でしょうけど、食べたくて食べたら、食べられました。

 

で、悟ったんですよね。
「わたし、ほんとうにカレーやアジアの食べ物が好きなんだわ」
って。おかゆなんて食べていられなかったけど、サーンバルはイケる!んだもの。
そんな食欲体力ともに低下しまくっているときに、それでも自分が受け入れられるものということは、
まじで好きなやつ、でしょう。

 

自分が本当に好きなものを食べる、選んでゆく。
それが、身体や心が感じていることと、現実の行動や状況を調和させる、ということです。

 

ちなみに今回体調を崩している最中も、
自分で料理をする体力すらギリギリ(というか起き上がることすら辛かった)というピークのときに、
「おなかがすいたな」と思って、起き上がるのが辛い感じがしたから誰かに何か食べ物を買ってきてもらおうかと思ったのだけれど。
そのときに自分とよくよく相談をしたら、「外のごはんは嫌だ」って言うんですよ、自分が。
となると「作る」と言う選択肢しかなくなるんだけど、「じゃあ何が食べたい?」と聞いたら、
「ひよこ豆のカレー」って言うからさ、自分が。
休んだり起きたりを繰り返しつつ、ひよこ豆のカレーを作りました。
起きあがるのも辛いなぁ…という体力だったけれど、動けるタイミング(体力にも微妙な波がある)を狙って動いたら、お料理は完遂したし、「動いたから」といって体調が悪化することはなかったし、
なんなら、カレーを食べたら、なんだか元気が出た。

 

身体や心が感じることと、現実の行動や状況が調和していれば、
それ以上体調が悪くなることや、そもそも病気になることは起こりづらいんだよ。

 

 

体調不良のときに –後編–につづく…

 

 

 

 

 

 

 

 

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